パチンコって実は歴史が長いんです
駅前を歩けばきっと見つかるといってもええパチンコ屋。いまや欠かせへん街の風景の一部といってもええでっしゃろ。ほなこのパチンコ。いったええつごろ誕生どしたさかいしょうか。その歴史を振り返ってみたいと思うて。
パチンコの歴史は古く、日本人の娯楽のパチンコについて解説すると、そのはじまりは昭和初期にさかのぼるんや。愛知県の名古屋市でパチンコ店の営業許可が警察さかい下りたのが最初となってまんねん。その後一気に広まり、全国規模でブームに、とくに高知ほな昭和11年に半年間でじつに35店も開業しはるやらなんやら爆発的な人気となったんや。
そやけどもそない状況下に起こったのが戦争。昭和12年には新規開業の停止、さらに昭和17年には全面禁止の措置がとられてしもたんえ。娯楽と奢侈の代名詞として扱われへんのは現在と変わりまへんようどす。
戦後になるともっかいパチンコが解禁され、昭和23年には風俗営業取締法が施行されまんねん。新たな歴史のはじまりどす。その後戦後の復興、経済の高度成長とあわせて市場規模が拡大していき、国民娯楽として広く認知しはるようになったんや。
その間にはさまざまな変身や新技術が登場したんでっせぇ。「正村ゲージ」や循環式の登場、日本人の娯楽のパチンコを説明させていただくと、チューリップシステムやフィーバー機パチンコ台、さらにはきょうびのパチンコ市場のメインとなっとるCR機やらなんやら。時代に合わせてさまざまなタイプのパチンコ台が登場、往年のファンの方は懐かしく感じるさかいはいでしょうか。
絶頂期には30兆円まで達どした市場規模どすけど、現在ほな22兆円まで下落していますわ。また、店舗数も2008年12月現在で1万2717店舗。年々減ちびっととる状況におます。現在の厳しい経済状況が反映したはるさかいしょう。
パチンコの歴史はそのまんま国内の情勢を映し出したはるといってもええさかいはいでしょうか。
